皆さんこんにちは!
三笠観光、更新担当の中西です。
~観光バス業のはじまり~
「観光バス」と聞くと、旅行会社のツアー、社員旅行、修学旅行、空港送迎、温泉地への移動など、いろんな景色が浮かびますよね😊
でも観光バス業は、最初から“娯楽としての旅行”を運んでいたわけではありません。むしろ始まりは、戦後復興の中で人々が「移動」を取り戻し、地域が「観光」を産業として育て、交通網が「道」を整える――その大きな流れの中で生まれ、育ってきた仕事です🛣️✨
1)戦後、旅は“特別”から少しずつ“手の届くもの”へ🇯🇵🕊️
戦後の日本では、生活の立て直しが最優先で、旅行は贅沢に近いものでした。それでも人は、故郷に帰りたい、親戚に会いたい、遠くの土地を見てみたいという気持ちを持っています。
鉄道は主要な移動手段でしたが、地域を細かく結ぶには限界がある。そこで活躍の場を広げていったのが自動車交通、とりわけバスでした🚌
当時のバスは、今のように快適な空調やリクライニングが整っていたわけではありません。それでも「まとまった人数を一度に運べる」という強みがありました。団体で移動できることは、旅のコストを下げ、計画を立てやすくし、何より“みんなで行く楽しさ”を生みます😊✨
ここに観光バス業の原点があります。
2)観光地の復活と「団体」の誕生🏞️♨️
戦後復興が進むにつれ、温泉地や名所、景勝地は少しずつ観光客を迎える準備を始めます。旅館や土産物屋、観光施設は「個人客」よりもまず「団体客」を歓迎しました。理由は明確で、団体は一度に売上が立ち、受け入れの計画が立てやすいからです📈
観光バスは、まさにその団体旅行の“足”になります。
「旅館に直接乗り付けられる」「駅から離れた観光地にも行ける」「時間通りに動ける」。
鉄道旅行とは違う“自由度のある旅”が可能になり、地域観光の設計そのものが変わっていきました🗺️🚌
3)道路事情とバスの進化:走れる道が増えるほど、観光が広がる🛣️🌄
観光バス業の歴史は、道路の歴史でもあります。舗装が進み、橋が架かり、峠道の改良が進むほど、観光ルートは拡張します。
「行けなかった場所に行ける」ようになると、そこは新しい観光地になります。観光地は“発見される”のではなく、“交通の整備によって成立する”側面が大きいのです🚧✨
この頃の観光バスは、今ほど大型化・高性能化していない分、運転士の技量が旅の質を左右しました。狭い道、急坂、天候の変化。団体客の命を預かりながら、時間通りに、安全に、そして快適に走る。
観光バス業は、最初から「運ぶ」だけではなく「旅の安心をつくる」仕事だったのです🧑✈️🚌
4)「観光」という産業の成長に寄り添った仕事🍡🏯
観光は、宿泊・飲食・土産・体験・交通がセットで動く産業です。その中で観光バスは、旅の“骨組み”にあたります。
この頃から、バス会社は単に車両を用意するだけでなく、旅程の相談、受け入れ先との調整、運行計画の工夫など、旅行の“段取り”に深く関わるようになります。
観光バス業の価値は、「移動」+「段取り」+「安心」の総合力として育っていきました😊✨
5)観光バス業の原点は「復興」と「団体旅行」🚌🌸
観光バス業は、戦後復興の中で人々が旅を取り戻し、観光地が団体客を迎え、道路整備が進む中で成立しました。
旅の楽しさを運ぶだけでなく、地域経済を回し、時間割を作り、安全を担保する。
これが観光バスの“はじまりの精神”です。
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